川崎市都市計画マスタープラン全体構想改定案に関する意見

2017年02月01日提出

歩行者、自転車など、自動車以外の道路交通の優先化と円滑化

川崎市に限らず、1950年代以降の日本の道路計画では、まず自動車利用の円滑化が推進され、歩行者や自転車などは軽視・疎外されてきた。そうした状況が60年あまり続いたことで、人を冷遇する道路構造が定着してしまった。その結果、交通事故死者のうち歩行者および自転車利用者の割合が5割以上を占めるなど、先進国中突出して高い、異常事態が今なお続き、改善の兆しも見られない。

一方、諸外国とりわけ欧州では、ここ2〜30年の間に以前の自動車優先の考え方が見直され、市街地では自動車の速度および通行を大胆に制限するとともに、歩行者を最優先とする道路構造および交通規制へと転換することで、交通事故死者の構成率で歩行者の割合を15%程度にまで抑えるとともに、中心市街地の再生・魅力向上に寄与している。

翻って今回の川崎市都市計画マスタープランの改定案(以降、本案と呼ぶ)では、従来より一歩進んで鉄道沿線のまちづくり、駅周辺への公共・商業施設等の立地促進などが盛り込まれたことは大いに評価したい。

一方、駅周辺(拠点内)の移動は主に徒歩であるが、歩行者の円滑化や安全性向上には、歩行者にとって唯一最大の脅威である自動車の侵入抑制および低速化が欠かせない。また、歩行者の快適性向上街の賑わいや魅力向上にも、安全で快適な歩行者空間が不可欠である。残念ながら本案にはそうした観点が盛り込まれていないが、まずはフランスなどが取り組んだように、拠点内における優先順位(最上位が歩行者、自家用車は最下位)を明確にすることを提案する。

加えて、道路に関する計画等でも自動車中心(自動車以外は考慮すらされていないことも多い)になっている点を見直し、歩行者や自転車などの望ましい交通モードが優先的に考慮される計画および構造へと改善されるよう求める。

二次交通の拡充と自家用車依存からの脱却

川崎市では人口減少が他市に比べて遅くなると予想されており、高齢化率も全体で見ると比較的低いと予想されている。しかし、個別に見れば高齢者割合が高くなると予想される地域もあり、しかもそうした地域は駅から遠い、山坂が多いなどの交通不便地域に多くなると考えられる。人口減少や高齢化は市域全体で見るだけではなく、地域ごとに評価する必要がある。そうすれば、川崎市にとっても人口減少や高齢化はすでに直面している問題となる。

また、人口減少の影響を受けやすいもののひとつに公共交通がある。とりわけ日本では伝統的に公共交通は独立採算という考え方が根強く残っているが、人口減少は公共交通の採算に直撃する。現状の仕組み(独立採算)を維持するならば乗客の増加、つまり当該地域の人口増加が必要になるが、全国的な人口減少の状況下で、鉄道駅から遠くバスの本数も少ないような地域に人口増加を期待することは難しい。

幸いにも川崎市内ではバス路線の廃止は(入出庫系統など特殊なものを除き)ここ数十年起きていないが、いずれ独立採算や現行水準での補助では維持できなくなる路線等が出てくることも考えられる。そうなる前に、公共交通が都市にもたらす幅広い役割を踏まえた上で、現状の運賃負担での維持を原則とする方法を含め、考え直す機会を持っていただきたい。

また、こうした地域では特に自家用車依存が進みやすいが、車両運転の3要素である認知・判断・操作いずれも加齢とともに衰え、また個人差が大きく、本人は自覚しづらい面がある。そもそも自動車は速度・重量ともに大きな危険物であるが、そうした意識すら持たずに「マイカー」だと言って気軽に利用されてしまうことで、自身や他人の人生を狂わせる重大事故の頻発につながっている。

幸い、川崎市では公共交通の便に恵まれ、徒歩圏内に生活施設が立地している地域が多い。自転車を使いやすい地形も多く、それらの分担率は高い。こうした実績を誇りとし、自家用車を運転しなくても生活に困らないことが最善であり、「最幸」であるという考えに立ち、自家用車依存からの脱却と公共交通および歩行空間の拡充、自転車走行空間の拡充を優先する施策を展開するよう求める。

拠点の見直し

従来の計画では、3つの広域拠点と、4つの地域生活拠点が設定されていた。これは本案でも踏襲されているようだが、一方で市営地下鉄構想の見直しなど、状況の変化も生じている。

個別に見ると、川崎駅と武蔵小杉駅は実際に市外からも人が集まる広域拠点として機能し始めているが、新百合ヶ丘駅は麻生区やその付近の中心ではあるものの、川崎市を縦貫する交通軸である南武線から外れており、また構想がある横浜市営地下鉄の延伸があったとしても沿線利用が中心と考えられ、広域拠点として同列に掲げられていることには違和感がある。

以前の地下鉄計画があった頃に設定された広域拠点はこの機会に見直し、新百合ヶ丘は地域生活拠点のひとつと位置づけることで、役割分担を明確化し、実態に即した拠点機能の充実ができるものと考える。

地域主導のまちづくり

川崎市は意外と広く、臨海部の埋立地から丘陵地の里山まで土地の成り立ちも様々であれば、そこに住む人の交通行動や生活習慣も様々であり、そうした地域の実情に応じた「まちづくり」が必要と考える。

本案においては、鉄道網をはじめとする既存の交通網、および地形や市街地の成り立ちなどに触れつつ、新たに「生活行動圏別の沿線まちづくり」が加えられるなど、地域特性に寄り添う姿勢を評価したい。

一方で、具体的な取り組みを進める上で、既存の計画や行政界などが障害になる場合も懸念される。

例えば宮前区向丘地区は溝口へ出る交通が充実しており(市バスの高頻度運行および平瀬川沿いに自転車で通行しやすい道路がある)、多くの住民の生活実態にも適っていると聞いているが、以前の市営地下鉄計画ではこれを「広域拠点」の武蔵小杉と新百合ヶ丘、および「地域生活拠点」の宮前平に結節させようとしており、住民の生活実態に即していない面があった。市営地下鉄構想は見直されたが、拠点の考え方は変わっていないとすると、向丘地区は鷺沼・宮前平駅拠点に属することになるのだろうか?

このような生活実態は地域に根差したものであり、住民の生活実感と行政計画が必ずしも一致しない場合が出てくると考えられるが、本案の運用段階ではそうした場合に生活実態に合わせるための仕組みや、行政界に捉われない柔軟な仕組みを取り入れるよう求めたい。

また、本案でもオープンスペースの活用などが掲げられているが、こうした公共空間の利用・運用を地域に任せていくことで、使いやすく、地域の個性を発揮し、地域の魅力向上につなげることができると考える。柔軟で地域主体の仕組みにしていただきたい。

起業家やクリエイターなど創造する人が集まる都市づくり

本案では大企業や大学を視野に入れた項目が設けられており、それは評価できるが、それは地域特性ではあるが、都市ならではの機能ではない。大企業や大学などとの連携に終始するのではなく、一方で人が集まる都市ならではの機能も果たしてほしい。

例えば起業家やクリエイターなどの創造的な人は都市に集まり、そうした人が出会うことで次代を担う新産業が生まれ、新産業は都市に育てられる。 市内にもインキュベーション施設はあるが、郊外立地になっており、人が集まる中心部には残念ながら人が集える拠点的な場所が少なく、定着しやすい環境もない。一方で巨大都市・東京と隣接していることから、起業家やクリエイターは東京に流出し、川崎は通過点やベッドタウンになってしまう。

本案でも広域拠点として位置づけられている川崎駅や武蔵小杉駅周辺は、近年、各種施設の駅前集積などにより、市外からも人が集まる拠点性を持ち始めている。知名度も上がり始めているように聞く。一方で創造的な人が集まったり、定着できるような都市的機能はまだ持ち合わせておらず、発展途上とも考えられる。

例えばベンチャービジネスやコミュニティビジネスが定着しやすいように、シェアオフィスや支援サービスを充足させる、駅前に大型商業施設ばかりではなく商店街や雑居ビルのような比較的賃料の安い区画を存続させるなど、多様な人が集まり、多様なビジネスやサービスが展開されるような街になれば、広域拠点としての機能を発揮できるようになると考える。

また、行政等の手が及ばない小さな(規模的に、または個別具体的な)課題の解決に取り組む市民活動や公益活動のような新しい都市型の活動も活発になっており、成熟社会の新たな課題解決のモデルが生まれているように思われるが、そうした小さな取り組みが大きく育つためにも有意義と考えられる。

今後、都市として成熟するためには、大資本や大型施設だけに頼るのではなく、小さな新しい芽を伸ばし育てるような仕掛けも盛り込んでいただきたい。

緑地保全と拡大・ネットワーク化

緑地の保全とその拡充は、生物多様性の保全はもちろん、すでに直面しているヒートアイランドや気候変動の対策にもなり、また市民生活の快適性向上にも資する重要な取り組みと考える。

黒川、岡上などの調整区域はもちろん、市街化区域内においても今ある緑地をこれ以上減らさないための保全活動を推進するとともに、緑の拡大・ネットワーク化にも取り組んでいただきたい。

例えば、農地や民地の庭などの小さな緑が、植物はもちろん、その上で生活する鳥や虫など身近な生態系を支える重要な役割を果たしているが、残念ながら相続等で民家が売却されると分筆され、土地は細分化して販売され、その際に庭は潰されることが多い。新築住宅においても、自家用車の車庫が優先的に確保される傾向がある。

しかし民地や公共施設において庭などの土が見える空間が設けられることで、生態系にとって、またヒートアイランドや雨水浸透などに重要な役割を果たすことを評価し、民地や公共施設の庭的空間を減らさず増やす取り組みをしていただきたい。

都市公園の立地見直し

都市において公園は、子どもの遊び場としてはもちろん、地域の様々な人が集う場としても機能する。 この公園のうち、市内には高架道路の下に都市公園が設けられる場合があるが、道路はPMなど喘息の原因物質の排出源であり、子どもの遊び場として、人が集う場として適切ではない。今後設置する際には大気汚染源から離すなど、人が集う場として相応しい場所に設置していただきたい。

交通機関の多様な価値の活用

公共交通、とりわけ鉄道は、人を運ぶ輸送機関に留まらず、様々な形で人や地域をつなぐ役割や可能性を持っている。

一例として、現在、東急田園都市線に「クレヨンしんちゃん」のラッピング電車が走っているが、これは相互直通運転している東武伊勢崎線沿線の埼玉県春日部市を舞台にした作品であるためで、遠く埼玉茨城県境から、東京都心を通り抜けて神奈川県まで走り、地域の知名度向上に寄与している。

春日部市は埼玉県東部にあり人口23万人ほど、川崎市の1区程度の規模の市だが、中心部の春日部駅では東武鉄道の2路線が結節し、一部特急列車も停車する。ここでは以前より鉄道の特徴に注目し、東武鉄道の特急停車駅がある自治体の連絡会を開くなどして、鉄道がもたらす他地域とのつながりを活用してきたと聞く。

一方、東京と横浜に挟まれた川崎市は政令市であり規模は格段に大きいものの、関東を出ると知名度は低く、どこから来たのかと問われると「カワサキ?どこそれ?」と言われるような状況を経験した人も多いだろう。

とりわけ鉄道は多くの人を運ぶとともに、地域のシンボルにもなるし、川崎に縁がなかった人をつなぐ効果ももたらす。しかも川崎市を通る鉄道はほとんどが東京につながっており、世界的にも例がないほど多くの人と接する機会に恵まれている。これは他の交通モードにはない特長であり、その鉄道が多く通っている川崎市にとっては通過交通を捌く負担と引き替えに、鉄道の特徴を積極的に活かす機会に恵まれているとも考えられる。

鉄道を交通手段として大事にすることはもちろん、他市の人とのつながりを取り持つ役割にも注目した取り組みを期待したい。

以上

参考


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