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 案 
  川崎市長 阿部 孝夫 殿  
  川崎市バス事業経営問題検討会 委員各位  

市バスと市政が連携し、持続可能な地域交通の利用推進を!
― 市バスの経営戦略と川崎市の交通政策に関する提案書 ―

持続可能な地域交通を考える会
http://sltc.jp/
2008年 7月21日  

私たちは現状の「クルマ社会」が引き起こす様々な問題に向き合い、徒歩・自転車・公共交通の利用をすすめることでクルマに頼らない持続可能な地域生活の実現に向けた諸活動をすすめております。 川崎市民の日々の生活を支える川崎市バスの経営問題が議論されているこの機会に、ぜひ下記事項も併せて議論していただきたく思い、ご提案いたします。

市を挙げて公共交通の利用をすすめる必要性を改めて確認すること。

自動車の増加は大気汚染公害(川崎市は依然として全国でも最悪水準→添付資料・図1を参照)や気候変動(地球温暖化)の主因になっています。

川崎市はかつて工場等の固定排出源を主因とする深刻な大気汚染公害を経験し、それについては対策が進められました。ところが、残念ながら移動排出源すなわち自動車が原因の公害は悪化し続けています。川崎市全域で見ると、かつては臨海部のみの問題であった大気汚染公害が内陸部へと拡大している状況にあり(※2)、おのずと喘息などの公害病に苦しめられる市民も増加の一途を辿っている(※3)深刻な状況なですが、残念ながら問題意識が高まっていない感があります。

また、地球温暖化対策の観点からも公共交通の重要性は高まっています。日本全国では自動車からの温室効果ガス排出量が全体の 2割ほどを占め、特に「マイカー」からの排出量は 1990年比で 52.6% もの急激な増加を見せ(※4)、今や家庭部門からの排出の 3割を占める最大要因になっており(添付資料・図3を参照)、その対策は急務になっています。川崎市では、こうした問題は認識こそしている(※5)ものの、残念ながら実効的な対策が進んでいない状況です。

かつて自動車による大気汚染に悩んだ欧米の都市では、中心市街地での「マイカー」利用を抑制するかわりに路線バスや LRT などを整備することで、市民生活の利便を確保しつつ大気質の悪化を食い止めています(※6)。また、神奈川県において検討されている『神奈川県地球温暖化対策推進条例』(仮称)最終案では交通・自動車対策が義務化され(※7)、川崎市においても自動車対策に取り組むことが政策課題として明文化されています(※8)。今は具体的な行動が求められている段階なのです。

こうした状況を踏まえて考えれば、市バス自身の環境対策を一層推し進めることはもちろんですが、さらに川崎市の環境政策の一環として路線バスの利用をすすめる施策を打ち出す必要があることは、誰が見ても明白な事実です。

川崎市においてモビリティ・マネジメントを推進し、その中で路線バスの利用促進を位置づけること。

しかし、残念ながら川崎市において交通分野での環境対策の取り組みは弱く、特に京都議定書の履行に向けた具体的な取り組みが求められていた近年になっても、大変効果が高い「マイカー」利用の削減(※9)については目立った取り組みがされておらず、実効性が疑わしい「エコドライブ」(※10)くらいしか実施されていない状況にあります。

市バスが公営で維持されていることの背景には、その理由のひとつに路線バス事業の公共性の高さがあり、貴会や市においてもその点に異論はないことと思います。 この公共交通事業は、欧米諸国においては(義務教育や他の社会保障と同様に)そもそも黒字を期待される性格のものではないのですが(※11)、日本では驚くことに近年まで黒字事業であったことから、赤字化の理由をその内部に求めてしまう傾向が強いのかもしれません。

しかし、そもそも路線バス事業において近年赤字傾向が定着しつつある理由は「モータリゼーション」に伴う公共交通離れであり、欧米の事例がそれを証明しています。特に路線バスにおいては、「マイカー」の濫用とそれに伴う定時運行の阻害が客離れを起こす悪循環が起きているのですから、市バス内部の経営問題を検討することに加え、市バスの赤字化をもたらした外部要因のひとつである市内の地域交通の在り方、特に「マイカー」との関係を検討することが不可欠です。

たとえば、渋滞対策と称して野放図に道路を増やし続けた結果、「マイカー」利用を誘発し、解消するハズであった渋滞はむしろ各地に拡大している状況ですが、残念ながらそうした経験からの反省が活かされていません。具体例として、川崎市においては「少子高齢化の急速な進展」や「地球環境問題の深刻化」などを認識しているにもかかわらず、何十年も前に描かれた「都市計画道路整備」計画が、需要管理を伴わないまま相変わらず推進され続けています(※12)。

しかし、こうした需要後追いの「道路整備」偏重政策は遅かれ早かれ行き詰まることは不可避であり、欧米の都市はもとより、最近では韓国、中国、台湾、モンゴルといった諸国においても交通需要管理(モビリティ・マネジメント)が実践されはじめているのです(※13)。 実際、路線バスの利用増は渋滞緩和に大きく貢献すると指摘されています(※14)。渋滞対策として道路を増やすのではなく、今後は路線バスの利用者を増やすための施策を実施すべきです。

川崎市においても、欧米や他のアジア諸国で実践されている先進事例から真摯に学びとり、実効性のある交通需要管理(モビリティ・マネジメント)政策を実施することを提案します。

他の公共交通機関との連携をすすめること。

前述のように、路線バス事業の主な競合相手は「マイカー」であり、同業者や鉄道事業者ではないと考えます。また、利用者から見て公共交通機関が単独で目的を達する場合は限られ、多くの場合は他の交通と併用されるものですから、乗り換え可能な近隣の公共交通機関との連携を強化して利用者の利便性を向上させれば、ひいては市バスの経営改善にも帰結するものと期待されます。もちろん市民の生活環境の改善にもつながります。

つきましては、市民の利便や公共サービスの価値向上はもとより、市バスの営業戦略の一環としても、市バスを含む公共交通網全体の価値を高めるための施策を実行するために、近隣で営業する他の公共交通機関との連携をすすめることを提案します。

経営情報の開示を推進し、将来収支見込みは最新の情報を踏まえて再検討すること。
(第4回検討会での事務局試算について)

本年度の「川崎市バス事業経営問題検討会」には毎回、本会会員が傍聴に伺っておりますが、その第 4回会議で事務局側より提示された事務局試算を本会で精査したところ、いくつか疑問点が浮上しました。その内容について貴会にて再検討いただきたく思い、ご提案いたします。

  1. 【検証可能な「エコドライブ」の実施や CNGバスの導入拡大】 燃料費上昇が強調される半面、その具体額は示されておらず、貴会でも精査された様子はないが、燃料費を所与のものとして受け容れる前にその削減可能性を精査すべきである。そのために、交通局は燃料費の具体額を開示するとともに、燃料費上昇は現在進行中の事象であり先送りしている時間的余裕はないのだから、取り急ぎ燃料費の抑制策を検討すべきと考える。
    たとえば市バスにおいては「エコドライブの徹底」に向けて取り組んでいるということだが(※15)、その取り組みをより効果的なものにするため、成果を検証可能な手法を用いるべきである(※16)し、CNGバスの導入を加速するといった施策も必要である(※17)。
  2. 【燃料費上昇に伴う乗車人員増加の算入】 事務局試算では、燃料費上昇を試算に算入しているのに対し、それに伴う乗車人員の増加傾向は考慮していないようで、現行試算での乗車人員見込み(検討会での事務局の説明から、添付資料8 の (A) 欄に示す割合の概ね 2倍の割合で見込まれていると考えられる)が過少になっているおそれがある。たとえば、最近の原油価格上昇を受けて前年度最終四半期の公共交通の利用者が急増していると指摘されており(参考記事5添付資料6 を参照)、その変動幅を見ると今後は経費削減どころか増便等も考慮しておく必要があるほどの伸び率である。
    ついては、川崎市バスにおける直近の動向を確認するために、原油価格変動の影響を受けていると考えられる今年 4〜6月期の乗車人員速報値を提示するとともに、直近の実績から推計した燃料費上昇による乗用車等から公共交通への乗り換え(による乗車料収入の変動)を算入すべきである。
  3. 【詳細な情報開示】 前年度資金不足額+当年度純損益の合計が当年度資金不足額と一致せず、各年度 1億円前後ずつの大幅なずれが生じている(添付資料8 の (B) 欄)。資金不足額の動向が懸案になっているようだが、表外にも変動要素があるのなら明示すべきと考える。

このように、検証可能な形で取り組みを進めることを提案します。 なお、1, 2 について具体的には 添付資料8 の破線枠内で説明しておりますので、ご参照ください。

市の政策と連携し、「市バス」としての意義を発揮すること。

市バスの「公営交通」としての立場を活かす方法のひとつとして、市政と連携・協調することをご提案いたします。市の内局でありながら市政からの独立を求められるのはむしろ不自然なことと思うのです。市も、せっかく公共交通を運営しているのですから、それを最大限活かすことを考えていただきたく思います。しかもそれが環境改善にも活きるのですから。

たとえば、委員の方より度々ご提案されている「市バスは川崎市のラッピングバスと認識すべき」とのご指摘は、まさにその通りだと思います。川崎市は市政だよりの発行・頒布や各種マスメディアへの広告出稿など、広報活動に少なからず費用を投じていると思いますが、せっかく身内に市バスという広報媒体がありながらそれを活用できていないのは、実にもったいないことです。

ところで、福岡市では「クルマからバスへ」乗り換えることが環境にやさしいことを説明するリーフレット(※18)を配布し、バスの時刻表や路線図などとともに配布することで、路線バスの利用をすすめる呼びかけがされていますし、他にもこうした取り組みの実施事例は少なくありません。 しかし、地域によっては代替手段となる公共交通の利便性が悪化している地域もあることから、公共交通の利用をすすめにくい場合もあるようです。

一方、私どもでは各地で交通問題に取り組む市民活動と協議させていただく機会があるのですが、その度に「川崎市は今でも充分にに公共交通が便利なのに、なんで出来ないの?」といったご指摘をいただいてしまうことも多く、忸怩たる思いをしております。

言うまでもなく、川崎市内ではいわゆる交通弱者ばかりではなく、通勤などでも路線バスが高度に利用されていますし、地球温暖化対策で「公共交通の利用」を考慮している市民が半数近くにのぼる(※19)など、関心は高まっています。ところが、休日になると「マイカー」で道路が溢れ返り添付資料・図9 を参照)、新築の戸建て住宅やマンションには必ずといっていいほど駐車場が確保され、住民が増えるとともに「マイカー」も増えてしまっている感があります。各地で行われているモビリティ・マネジメントの取り組みを、なぜ交通至便な川崎市こそが率先して行わないのか、不思議でなりません。

日本の自治体ではいち早く地球温暖化問題に取り組み始めた川崎市(※20)では、今も「CCかわさき」(カーボン・チャレンジ川崎)が実施されており、市バスにおいても事業者として参加されているようですが(※15)、こうした市の環境政策をバス利用促進策に積極活用しない手はありません。市バスが市の一部であることを意識するのなら、交通局の側から率先して他の部局に連携を呼びかけ、「マイカー」からバスへの乗り換えを促す広報活動等を展開することをご提案します。

交通局が自ら環境広告・イメージ広告を打ち、公共交通の利用を呼びかけること。

営業戦略、特に利用促進のための広告宣伝を行う必要があるように考えます。

欧州の都市では、市交通局がポスターやチラシなどで公共交通の利用を勧める広告を打つなど、公共交通のイメージ向上や、利用をすすめるための広告を行っている例も少なくないようです(※21)。同様の例は国内の民間事業者でも見られます(※22)が、残念ながら日本の公営交通事業者は自ら広告宣伝を行うことに及び腰になっているように見受けられます。

でも、市バスの車体広告(ラッピングバス)やバス停の広告は、路上を走る「マイカー」の利用者に訴えかける絶好の媒体ではありませんか。市に広告を出してもらうのも良いですが、余剰枠があるなら自ら活用してもよいのです。気候変動をはじめとする環境問題への取り組みが急務になっている中、市バスは地域社会に貢献しているとの自信を持って、

「市バスは豊かな地域生活を支えています。」「市バスに乗って川崎散策をしませんか?」
「バスの利用者は環境にやさしい!」「あなたがバスに乗れば渋滞が減ってみんな快適に!」
といった環境広告・イメージ広告を打ってみるのも経営戦略では?



■添付資料・図1

平成18年度 PM2.5 測定値濃度比較

■添付資料・図3

家庭からの二酸化炭素排出量
用途別内訳 (2006年)

家庭からの二酸化炭素排出量・用途別内訳 (2006年) (c) 2008 JCCCA
© 2008 JCCCA

■添付資料・図2

喘息有症者数(川崎市)

■参考記事5

日本経済新聞 2008年07月02日 (c) 2008 日本経済新聞社

■添付資料・図4

エコ活動による年間のCO2削減量

■添付資料6

東京都運賃均一区域内の路線バス乗車人員増減率変遷

■参考資料6 路線バス乗車人員の増減率

(前期比 %)

平成18年度平成19年度出典
東京都運賃均一区域内(都営バスおよび民間11社計)+0.0+1.3国土交通月例経済
川崎市交通局(市バス)+0.9+2.4第3回「川崎市バス事業経営問題検討会」資料

■参考記事7

日経流通新聞 2008年07月11日 (c) 2008 日本経済新聞社

■添付資料8

200807kawasakibus_fig8.pdfを参照>
土曜日夜の溝口駅前の様子

■添付資料・図9


鉄道が交差し、川崎市バスを含め多くの路線バスが集中する交通至便な溝口駅前も、土曜日夜には「原油価格上昇」などものともしないと言わんばかりに「マイカー」(自家用乗用車)が集中し、大気汚染・地球温暖化や渋滞などによる生活環境悪化が懸念される事態が今も続いており、早急の対策が求められる。
 
右写真はいずれも 2008年 7月 5日(土) 19時半頃の様子。
 
なお、撮影地に近接する国道246号二子自排局は全国でも最悪水準の大気汚染測定値を記録する(添付資料・図1 のとおり)など大気汚染が深刻な地域である。
 
しかし残念ながら、川崎市における交通政策では、相変わらず自動車走行空間の拡張が推進されている(本文脚注※12)半面、実効的な公共交通の利用促進政策は実施されず、さらには「放置自転車対策」などと称して自転車利用の抑制を呼びかけるなど、低炭素社会へと移行する社会的要請とは逆行した施策が多方面に実施されている状況にあり、実効的な「マイカー」抑制策は取られていない。

■ 本提案書の取り扱いについて ■


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